グスコンの謎

kijimichi

先日、プラハ在住のチェコ人で加計呂麻島への移住を熱望するペパ君から、一通の謎めいたメッセージが送られてきた。「こんにちは、嘉入にはグスクがあったか?」。その短いひと言から、全ては始まったのである。

「グスクというのは城のことだろう」といった程度の知識しか無い私は、そんな話は聞いたことが無いと思い、「ありません」と即答したが、ペパ君は「このリストに書いてある」という。

http://www.hainumikaze.com/gusukulist.html

なるほど、「グスク」というのは必ずしも「城」を意味する言葉ではないらしい。このリストの制作者によれば、「元来は墓の意味が強いように思われる」そうだ。

リストの中には、ペパ君の言う通り「嘉入」の名があった。そこには、「グスコン」「集落の北東、木慈に向かう山道の途中にある」と説明がある。また「ヨバンに与えられた土地」との記述も見られた。ちなみにその山道は、今ではほとんど自然に帰っており(上の画像が山道への入口である)、時折猟師がイノシシ狩りの罠をしかけに入る他は、通る人もいない。そしてその山道を浜へ向かって下った先には、現在の嘉入集落の墓地がある。かつてはこの山道の奥にも、別の墓地があったのだろうか? そしてそのような土地を与えられた、ヨバンとは一体…?

集落の方に電話で尋ねてみたところ、「はっきりとしたことは覚えていないが、その辺りには、集落の祭祀を行なう人達が住んでいた。白い服を着て鐘を鳴らしたりしていた」という。おそらくそれが「ヨバン」であろう。そうした人物の存在も、その人物に与えられた「グスコン」という土地の名も、私は今まで、集落の誰からも聞いたことが無かった。礼を言って電話を切りながら、かすかに胸がざわめくのを感じた。私は、白い着物を着たヨバンの姿を思い浮かべていた。果たしてヨバンは、その「与えられた土地」で何を行なっていたのだろうか。

島の歴史に詳しいM君なら何か知っているのではないかと思い、聞いてみると、「グスクの話は聞いたことが無いが、ヨバンについては資料に載っている」という。彼曰く、集落の祭祀を司る「親ノロ」の補佐を務めるのが「グジ」で、そのグジの補佐役が「ヨバン」であるそうだ。神の道具を管理したり、行事の日取りを知らせて歩くのが主な役割である。そして確かに、山道の入口付近にある屋敷跡は、古い地図にも「ヨバンの家」として記されているようだ。

yobanhouse
その家のことは、私も知っていた。鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた薄闇の中で、人知れず朽ち行くその家には、何かただならぬ気配が感じられる。かつてここに、ヨバンと呼ばれる人物が住んでいたのだ。写真を撮ろうとファインダーを覗いた瞬間、白い着物姿が見えた気がして、私は足早にそこを立ち去った。

謎の土地「グスコン」。一体そこで、何が行なわれていたのか? 島の人達にとって触れられたくない秘密が、そこには隠されているのかもしれない。これ以上深入りすべきではないのだろうか…。そう思いつつも、真実を知りたいという欲望に負けた私は、あくる日の午後、集落の最長老であるミスウバの家を訪ねた。

玄関先で恐る恐る「グスコン」の名を口にした私を、ミスウバは静かに制し、部屋に上がるようにと促した。畳の上に向かい合って座ると、ミスウバの顔からはそれまでの笑顔が消えている。そして記憶を辿るようにして、彼女はゆっくりと語り出した。今まで、集落の誰からも聞くことのなかった驚くべき事実の数々を。謎のベールに包まれた「グスコン」の秘密が、ついに解き明かされたのである。

なんと、「グスコン」と呼ばれたその土地は、……芋畑だったのだ!!!

はい、長々引っ張ってすみません。グスコンは「集落みんなの芋畑」の名前だそうです。少なくとも集落の方にとっては「ヨバンに与えられた土地」という認識も無く、とくに宗教的な謂れがあるわけでも無さそうでした。「ただの畑! 畑の名前がね、グスコン、グスコンち、なんでグスコンち付けてるかは分からんけど、昔はね、上までずーっと段畑があって。昔はお芋が主食で、皆食っとったからね!」だそうです。

ちなみにブログを書くにあたり、最初に話を聞いたお姉様にも再度電話で確認したところ、「ヨバン」というのは白い服を着て鐘を鳴らす方とは別で、「明日うちでミキ作るからね! みんなちゃんと材料持って来てね〜!」みたいなことを各家に伝えに行く、連絡当番的な係だったようです。私の勘違いでしたどうもすみません。あとヨバンの家の写真はiPhoneで撮ったのでファインダーなんて覗いてませんし白い着物姿も見えてませんごめんなさい。

といったわけで、謎の土地「グスコン」に関する調査は、意外な結末で幕を閉じました。「グスク」が本来何を指す言葉であったのか、その語源については諸説あるようですが、例のリストを制作した方の見解では「囲った場所」という意味だったのではないか、とのこと。だとすれば、墓地や城跡、ときには芋畑まで、様々な土地が「グスク」と呼ばれていたのも頷けますね。ちゃんちゃん!

 

 

5件のコメント

  1. 掲示板の書き込み&ブログ記事拝見いたしました。
    面白かったです。
    そして、グスコンが何か分かって良かったです。
    早速記事を更新したいと思います&木慈の地名も直します。

    しかし、ほとんど見る人なんていないだろうと思ってるグスクリストが
    チェコの人にも見られているなんて嬉しい限りです。

    今後もよろしくお願いします。

  2. 自分の住む集落について新たな発見があり、とても楽しかったです!
    良いきっかけを作ってくださり、ありがとうございました。
    あ! キジは「木慈」で合っています! 私の表記が間違っていました! 直します!
    そういえばカケロマの字を「加計呂間」とされているのは、
    参考にされた文献がそのような表記になっているのでしょうか?

    ペパ君は寅さんの最終作を見て加計呂麻に住みたいと思ったらしく、中でも嘉入がお気に入りで、
    あれこれマニアックなことを調べては、僕も知らないようなことを突然質問してきます笑。
    インターネットって凄いですね。楽しい出会いに感謝です。
    加計呂麻島にいらっしゃる機会がありましたら、ぜひ嘉入にもお立ち寄りください。
    とても素敵な集落ですよ。

  3. 文献名ですが私の表記ミスです。
    変換ソフトに間違えて登録したせいで、今見たらあちこちに間違いが(汗)
    全然気付きませんでした。
    ご指摘ありがとうございます。

    奄美は毎年訪れており加計呂麻島も大好きですが、今年は日程的に難しい予感。
    奄美の集落は9割方巡り終えたのですが
    加計呂麻の嘉入・須子茂・阿多地だけはまだなんです。
    来年はほぼ確実に行くと思います。
    ちなみに、私は何故か芝が好きでいつもそこの民宿に宿泊させていただいてます。

    是非、来島した際には寄らせていただきます。

  4. 奄美の集落の9割方を巡り終えてるって凄いですね!!
    嘉入・須子茂・阿多地の3集落は加計呂麻島の中でも特に静かなエリアで、島の昔の暮らしの面影がよく残っているように思います(私はあまり歴史には詳しくないので、あくまでも個人の印象としてですが)。きっと気に入っていただけると思いますよ!
    今年の夏から嘉入でゲストハウスを開業する予定なので、もし良かったら泊まりに来て下さいね〜。一緒に黒糖焼酎でも飲みましょう!

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